生活ぷらす+

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努力を楽しめ!! 〜苦労しない努力とは〜

こんにちは、連休最終日ですが皆さまどうお過ごしでしょうか。

今日は見渡す限りの大草原へ行ってきました。
草木の中を走り回りたかったのですが、虫が付きそうだったのでやめました。

 

 

そんなこんなで努力について思ったことを書いていこうと思います。

 

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ひとえに努力と言いますが、私たちが普段使っている努力という言葉には泥臭いというか、涙ぐましいというかそんな苦労を連想させるニュアンスが含まれている気がします。

 

努力とは

大辞林 第3版によると 

心をこめて事にあたること。骨を折って事の実行につとめること。つとめはげむこと。 「目標に向かって-する」 「 -のたまもの」

 引用:努力(どりょく)とは - コトバンク

 となっております。

 

確かに辞書によると苦労のニュアンスが含まれています。

 

が、私はそこにとても違和感を感じてしまいました。

 

私は努力をする上で、骨を折る必要はないと思います。

 

あ、もちろん物理的な意味ではないですよ(笑

 

 ここでは骨を折る=苦労するという意味で解釈します。

 

 果たして苦労して物事がうまくいきますでしょうか。

 

私はむしろ、より(苦労をともなった)努力することでより大きな努力が必要になるという悪循環に陥ると思います。

 

苦労しない努力

 

一般的に(※1)人は苦労などの苦痛からは本能的に逃れたくなると思います。

 

 ((※1)場合によっては苦痛が好きだということもあるかと思いますが、それはもはや苦痛を痛みではなく快楽に感じているように思います。 苦痛⇨快楽への変換がなされている??)

 

その結果、そのような行動が嫌になって投げ出してしまいたくなったり、マイナスな方向へ意識が向いてしまい想像力が制限されてしまうのではないでしょうか。

 

逆に、楽しいことであれば人はダメだと言われても時を忘れて行動を起こし続けます。 

また、楽しい・面白いと言った感情がある時には記憶力が高まるという"おまけ"もあります。

 

そこに「心をこめて事にあたること。」はあっても「骨を折ること」は無いんだと思います。

 

私の過去を考えてみても物事がうまく行った時はいつも、苦労とは無縁の心理状況だったように思えます。 

 

努力を苦労だと思わない、感じていない時にモチベーション・行動力ともに最高潮になっていたと思います。

 

ということで、建設的な方向に辞書の中身をちょっと変えておきますね。

 

”努力とは心をこめて事にあたること。楽しんで事の実行につとめること。”

 

 

みなさんの意見もお待ちしております!